アジア諸国が先進諸国への部品供給基地にもなりうる。 部品の品質、コストで競争力がつけば、労働集約的な性格の強い完成車の組み立てへと移っていくのは時間の問題となる。
そうなったときには、アジア諸国は世界市場の生産拠点として大きな役割を担うようになり、世界の自動車産業も大きく変貌することになる。 日本の部品メーカーにとって深刻な問題となる。
少なくとも現時点では、完成車メーカーに部品メーカーにしろ、アジアでの生産拠点を、自社全体の事業拡大にどう結びつげ、位置づけて、役割を与えていくのかが重要である。 役割とは、進出相手国の事情に応じた単なる進出か、それとも、第三国への輸出拠点とするためか、本国との分業体制をつくるための拠点としているのかといったことである。
この場合、企業のポリシーを明確にしておく必要があろう。 一九九三年一月、ASEAN地域内での自由貿易地域(AFTA)が発効した。
続いて一九九四年十一月には、アジア太平洋経済協力会議がボゴ−ル宣言を発表した。 で、同地域での貿易・投資の自由化を、先進国は二O一O年までに、途上国は二O二O年までに実現することになった。
欧州連合(EU)や北米自由貿易地域(NAFTA)に対応したASEANの自由貿易地域を確立して、域内での経済活動、相互取引を活発にしようとしている。 ため、二OO三年までに域内関税を五パーセント以下にまで下げる計画である。
自動車産業においても、域内での相互補完、相互調達を進め、欧、米、日への依存度を少なくして、互いに発展していこうとする取り組みである。 日本国内で完成車メーカーが部品を発注する場合は、ピラミッド構造の系列に沿って行なわれていた。
アジアでは、いまもっとも大きな課題となっているのが最適調達である。 アジアでは、要求品質を満たし、安価につくることのできる現地の部品メーカーはきわめて少ない。

それも、エンジンやトランスミッション、制御装置などの技術的にむずかしいコンポーネントとなると、生産できる企業は皆無に近い。 コストを考慮して現地調達率を引き上げようとするとき、限られた現地の比較的良質な部品メーカーか、日本や欧米から進出してきた部品メーカーに発注せざるをえなくなる。
このとき、本圏内での系列はなくなり、主にASEAN諸国では、アジア系列。 ともいうべき世界の部品取引における新たな相互関係がこの域内で生まれようとしている。
アジアにおける部品の生産は、系列を超え、国境を越えたネットワークが形成されることになろう。 欧米のメーカーと比較して、日本の自動車メーカーのアジア展開の特徴をいくつかあげることができるや距離からしても日本が有利な立場にある最近は徐々に韓国やヨーロッパのメーカーに侵食されつつある。
ASEAN諸国に台湾、中園、インドを加えた八地域となると、日本の販売シェアは五Oパーセント近くに落ちる。 日本の自動車産業はたえず欧米の先進メーカーを追いかける歴史だったが、アジアでは守りの立場になったわけであるアジアでの販売台数が多いのはトヨ夕、三菱、スズキで、最近は本田が急伸長している。
中でもトヨタはアジア地域でまんべんなく高い販売シェアを確保している。 現地生産では資本参加している形態が多く、「カローラ」「コロナ」「クラウン」などを投入している。
圏内ナンバー2の日産は、日本での不振が反映してシェアが低下し、元気がないトヨタも、インド、中国での現地生産では出遅れているトヨタ独自の経営スタイルに強くこだわる姿勢を維持しつづけているため、現地政府との折り合いをつけることができなかったからだ中国政府が自動車産業を中央で管理していく方針を強く打ち出しているためでもある。 一九九七年一月、トヨタは社内に中国部を発足させて中国進出への体制づくりを本格化させ、本命の「コロナ」クラスの乗用車生産の認可を得たい考えである。
ちなみに、トヨタの一九九七年のアジア十ヵ国での現地生産台数の合計は約二十四万四千台である日本のアジア進出の次の特徴としては、トヨタに象徴的にみられるように、できるだけ日本的な経営および生産方式をまま持ち込もうとする動きをあげることができる。 アメリカの現地生産で成功したように、日本のきめ細かい生産システムを持ち込む方式でないと、持ち込み、現地の合弁会社で生産するという方式をとっている。

それとは別に、現地パートナーとの協力体制を重視して生産するケースもある。 中でも大規模になるのが、相手国政府が進める国民車計画に参画して生産するケ−スである。
中国での一九九六年の生産は、ノックダウンを中心に十八万四千台を記録し、順調に進んでいる。 ただ、日本的経営方式の持ち込みにも限界がある。
たとえば、スズキは一九八三年から、インドのマルチ高く評価されてきた。 一九九六年には前年を大きく上まわって三十四万台となり、同国乗用車市場の八一パーセントを確保している生産能力はほぼ限界に達しており、そこで、五十万台体制に拡大する方針が決まっているが、設備投資の資金調達方法と社長人事をめぐって、二年近くにわたりインド政府とスズキとのあいだで深刻な対立が続いていた。
長いあいだ、インド政府は国産車保護政策をとってきたが、一九九一年、経済の自由化を決定し、一九九三年には自動車市場を自由化した。 長く市場を閉ざしてきたインドでは、保護してきた圏内企業と官僚たちとの結びつきも強く、経済開放政策をとったいまでも、外国企業に対しては好意的ではない。
すみずみまでもコスト意識を徹底させる独特の経営哲学でスズキを強力に引っ張ってきたワンマンの鈴木修社長も、今回ばかりは、「場合によっては最悪の事態も辞さない」と、マルチからの撤退もほのめかす構えを示しているが、やはり長いものにはある程度巻かれざるをえないのが実情のようだ。 各社の参入で、過剰供給となっているインドでは、一九九八年に入り、大幅な値引き合戦がはじまり、インド政府との合弁事業がなにかとむずかしい中にあって、数々の障害を乗り越えてここまで発展させてきたスズキの例は、程度の差はあれ、今後、アジアで生産する外国企業がともに体験するトラプルでもある。
ビッグ3と比較して、トヨタを除く各社の資金力は乏しい。 それだけに、アジア全域を念頭においた大々的な戦略を展開していく力をもちえていない。
アジアで生産される乗用車およびトラックで、日本に逆輸入されるのはこの車が初めてである。 今後、逆輸入車が増えてくるだろうが、こうした生産台数がそれほど多くない車種からはじまっていくことになろう。
ジア向けのアジア・トラック「パワ−T」をタイで発売した。 十二トンから二十一トンまでの三種類で、おもにASEAN諸国で部品の生産を分担し、現地で組み上げる。
今後、他のASEAN諸国でも発売していく予定である。 このほかにも、圏内の自動車メーカーがアジア・カ−の投入を予定しているが、抜きん出ているのはトヨタと本田である。

とくに本田は、四輪車に先行するかたちで広くアジアに普及している二輪車のトップ・メーカーとして、ブランド名はすみずみにまで行き渡っているのが強みである。 なにしろ、アジアは世界最大の二輪車市場であり、とくに若者の心をとらえて圧倒的人気を誇っている。
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